高齢だと、多くの人が認知症を発症します。そうしたとき、財産を持つ人や不動産を保有する人、会社経営者が認知症を発症すると非常に面倒な事態になります。アルツハイマー型認知症など、認知症患者では正常な判断をすることができず、正しい財産管理や不動産運営、会社経営ができません。
認知症を発症してしまうと、あらゆることが制限されてしまいます。銀行でのお金の引き出しはできませんし、法的な契約を結んでも無効になります。
そこで、これを回避するために事前に対策が必要になります。例えば認知症を発症する前に家族信託を結ぶなどをすれば、問題なく相続対策できます。
ここでは、「どのようにして認知症での生前贈与や事業承継を進めればいいのか」について解説していきます。
もくじ
認知症患者はあらゆる手続きができない
認知機能(判断能力)がある人の場合、自分の意思でお金の引き出しができますし、法的な契約を結ぶこともできます。
しかし、中にはそうした認知機能がなくなっている人がいます。いわゆる、認知症患者です。アルツハイマー型認知症に限らず、脳梗塞・脳卒中によって判断能力が低下した状態も認知症になります。この状態の場合、回復は難しく症状が良くなることは基本的にありません。
そうした人の場合、既に生前贈与であらゆる財産を遺族に移していたり、事前に対策をしていたりする状況なら問題ありません。しかし、そうでない場合は問題が起こります。
まず、認知症患者では以下のようなあらゆることができなくなります。
- 銀行でのお金の引き出しができない
- 不動産契約など、法的手続きができない
- 遺産分割できず、相続対策できない
それぞれ、どのような問題が起こるのか確認していきます。
銀行・金融機関でのお金の引き出しや定期預金の解約ができない
お金を引き出すことを考えるとき、基本的に本人が引き出しをすることになります。代理の人が引き出しをすることは少ないです。
このとき、ATMや銀行窓口などでお金を引き出すことを考えたとき、認知症になるとお金の引き出しができなくなります。定期預金の解約や引き出しなどもできません。
本人の認知能力が低下したために預金を引き出せないのであれば、家族が代理人として手続きをすればいいように思ってしまいます。ただ、家族(相続人)であっても勝手に預金口座を操作し、お金を引き出すことはできないようになっています。
実際、過去には私のおばあさんが脳梗塞によって認知症を発症し、意思疎通ができなくなったことがあります。このとき、おばあさんは以下のように320万円ほどの日本国債を購入しており、金融機関から満期(償還)のお知らせが届いたことがありました。
ただ、本人は老人施設(特別養護老人ホーム)で寝たきりになっています。話をすることはできず、意思疎通もできません。そのため、金融機関に出向いても満期(償還)による出金は拒否され、相続が発生するまで塩漬けの状態となりました。
当然、お金の引き出しや定期預金の解約を含め、あらゆる操作を行うことができません。代理人として金融機関の窓口に行ったとしても、すべて断られたわけです。
生活費でも、勝手に銀行預金を引き出すと資産隠しで指摘される
なお、中には「認知症になった人(父親・母親・祖父など)の銀行パスワードを知っているため、ATMで勝手に銀行預金の引き出しをすればいいのでは」と考えることも多いです。実際のところ、ATMコーナーに行けばお金を引き出すことができます。
これについて、認知症を発症した人の遺産金額が少なく、相続税が発生しない場合は問題ありません。相続税がなく税金を取れない以上、税務署に目を付けられることはないのです。そのため、以下のようなコンビニATMを利用して好きにお金を引き出せば問題ありません(本当はダメですが、問題になることがないという意味です)。
ただ、それなりに遺産金額が多い場合は絶対にやめたほうがいいです。理由は単純であり、簡単にばれるからです。
税務調査をするとき、事前に家族全員の銀行預金の動きをすべて把握したうえで訪問してきます。このとき、「特別養護老人ホームへお金を定期的に支払っている」などの状況にも関わらず、本人の銀行預金からお金の引き出しがあれば、明らかにおかしいといえます。
この場合、銀行預金のお金を隠すことと意味は同じです。たとえ認知症の親の生活費を出すためであっても、相続財産を減らして税金逃れをしたと判断され、追徴課税を食らうようになります。
非常に分かりやすい事例を紹介しましたが、ある程度の財産がある人が認知症を発症した場合、勝手に銀行預金からお金を引き出すのはリスクが高いと考えましょう。
不動産(土地・建物)の契約や売却など、法的手続きができない
また生活費だけでなく、同時に困るものとして不動産があります。土地や建物について、処分することができません。たとえ施設に入所し、自宅に誰も住まなくなって空き家になったとしても、勝手に売ることができないのです。
認知症患者だと自らの意思で契約することができません。当然、代理人(相続予定の人)が本人にの代わりに不動産を売却したり、委任状をもらったことにして契約したりすることもできません。認知症を発症した時点であらゆる法的手続きを取ることができなくなります。
しかし、毎年の固定資産税は支払わなければいけません。売ることができないにも関わらず、税金は課せられるのです。
また、空き家の状態を放置していると草が生え放題になって売却がより難しくなります。そうして、家族にとって負の遺産となります。
これが不動産経営者であると、事態はさらに深刻です。新たに入居者を募ったり、空室対策を練ったりすることができなくなるからです。不動産購入の借金は返済しなければいけないものの、空室への対応を家族が代理することはできず、お金だけが急激に減っていくようになります。
自宅として家を保有しているだけなら傷は少なくなりますが、不動産大家の人が認知症になるとさらに問題は大きくなるのです。
遺産分割できず、相続対策できない
また、すべての人に共通して問題になるのが、「生前の遺産分割協議ができない」ことです。生前贈与や事前の遺産分割協議ができないため、相続税が高くなったり、不動産が共同名義になったりします。
認知症ではなく意識がハッキリしている段階であれば、例えば以下のような協議が可能です。
- 住んでいる家は妻に与える
- 長男には生命保険で財産を渡す
- 次男に現金を残す
どの人に何を残し、さらには相続税を安く抑える最適な方法を事前の遺産分割協議によって決定することができます。ただ本人の意思確認ができない以上、こうした生前の遺産分割はまったく進まなくなると考えましょう。
そのため、生前贈与によって非課税でお金を渡したり、低い税金となるように遺産分割する方法を設定したりすることはできません。
また、不動産は相続によって共有名義になってしまいます。不動産で共有名義は負の側面が大きく、特別な理由がない限りは単独での名義にしなければいけません。ただ、相続発生後の相続人同士の話し合いの中で遺産分割できない状況では、法定相続によって共有名義(共同名義)になってしまうのです。
遺言があれば例外的に遺産分割できる
ただ、例外的に生前に遺言が残されていれば、相続発生時の遺産分割が可能になります。認知症を発症する前に遺言を残しておくことは重要ですが、事前に遺言を書いておくことで、「誰にどのような財産を残すのか」を明確にできるのです。
遺産分割については、遺言書があるかどうかが非常に重要だといえます。
もし、認知症を発症して遺言がない場合、法定相続を待つしかないので不都合な事態しか起こりません。しかし例外として、遺言があればこうした事態を避けることができます。
しかし、当然ですが認知症患者に遺言を書かせても無効になります。あくまでも、判断能力がしっかりしているときに遺言を残すからこそ有効だと考えましょう。
成年後見人は可能だが利用者は少ない
ただ、既に認知症を発症してしまった場合はどうなるのでしょうか。これについては、選択肢は2つしかありません。以下になります。
- 相続対策を諦め、実際に死亡して相続が発生するまで待つ
- 成年後見人をつける
成年後見人を設定すれば、本人の代わりに遺産を管理したり、法的な契約をしたりできるようになります。ただ、実際のところ利用者は少ないです。
家庭裁判所に成年後見人を付けたいことを申請するのですが、このとき親族が成年後見人に選任される確率は非常に低いです。多くは司法書士などの専門家が成年後見人になります。当然、そうした人には報酬の支払いが必要であり、月3~5万円ほどになります。
また、成年後見人はあくまでも本人の資産保護が目的です。そのため「本人が施設に入るためのお金が必要」など、明確な理由がなければお金の引き出しを許可してくれません。資産保護が原則なので本人名義の自宅の売却はできませんし、保有するアパートの修繕などもできません。
家族の負担が多いわりに自由度が低いため、成年後見人の利用者が少ないのです。実際、私の家でも脳梗塞によっておばあさんが認知症を発症したとき、成年後見人制度は利用しませんでした。
・家族が成年後見人になっても利益相反が起こる
また、家族が成年後見人になったとしても、そのままだと遺産分割をするときに「成年後見人に指定された相続人が多くの財産を受け取る」ように設定できてしまいます。そのため利益相反が起こり、トラブルに発展します。
これを防ぐため、成年後見人は本人死亡後の遺産分割の協議に参加できません。相続放棄して利益相反を解消し、成年後見人に専念するなどが必要になります。
または相続放棄が嫌な場合、特別代理人として別の専門家に依頼しなければいけません。そのため、成年後見人を利用するにしても遺産分割を含め相続手続きは進みにくいです。
生前に家族信託を設定するのが最適
こうした状況を避けるため、最も適切な手法に家族信託があります。家族信託では、特定の家族を指定してすべての遺産管理をしてもらうことができます。
例えば、生前に「長男に遺産のすべてを管理してもらう」などのように設定しておきます。そうすれば、実際に認知症を発症したときに長男がすべての手続きを代行できるようになります。
これであれば、家族信託として任された人が本人に代わってお金を引き出すことができますし、不動産を売却するのも自由です。当然、家を売ったときは認知症を発症した本人にお金が入るようになるものの、負の遺産を放置しなくても問題ありません。
またマンションを保有している大家だった場合、自由にリフォームなどの修繕工事を行うことができますし、広告を出すことで借主を見つけても問題ありません。
家族が管理するので、他人が管理する場合の毎月の費用発生もなく、自由度という意味では圧倒的に家族信託が優れています。
さらにいうと、家族信託を利用すれば「実際に死亡して相続が発生したとき、遺産をどう分けるのか」についても明確に指定できます。家族信託は遺言としての役割も果たせるのです。
・既に認知症を発症した場合は成年後見人の利用となる
デメリットとしては、法的な契約になるので既に認知症を発症している場合は家族信託を利用できません。あくまでも、生前の意思疎通可能な時点に行うべき対策が家族信託になります。
既に認知症を発症してしまった場合、前述の通り「何も相続対策ができない」と考えましょう。
初期のアルツハイマー型認知症で意思疎通がギリギリ問題ない場合、預金の引き出しや不動産の売却などが可能なケースがあるかもしれません。ただ、ある程度病状が進行している場合は遺言や家族信託を含め相続対策が無理なのです。
生前贈与をしたり、家族信託を設定したりなど、相続対策を早めに行うべき理由はここにあります。意思疎通に関わる病気を急に発症した場合、残された家族は何も対策できなくなります。
そのため生前対策をせずに認知症を発症したら、「成年後見人を付けるか、実際に相続が発生するまで財産を塩漬けするのかの、どちらかだ」と考えるようにしましょう。
成年後見人を利用しないのが真の認知症対策
実際のところ、認知症を発症してしまったら行える対策が「死亡するまで待つ」「成年後見人を利用する」しか存在しません。財産は塩漬けになり、代理人よる、あらゆる法的な契約は無効になります。
それにも関わらず、施設に入る必要があるなど生活費としてお金がかかります。ただ、「自宅を売却して施設に入るための費用を捻出する」などはできなくなります。また成年後見制度を活用するにしても、制限が多くデメリットが多いです。
このため、親や配偶者(夫、妻)、祖父・祖母などが認知症を発症する前に行動を起こすべきが認知症対策になります。相続時の遺産分割でトラブルにならないように遺言を残すのは当然として、家族信託を設定することで「認知症を発症している生前」のときでも家族が代理であらゆる手続きを行えるように準備しておく必要があります。
誰でも発症する可能性のあるものが認知症です。私のおばあさんについても生前に相続対策をしていなかったので後で大変でした。同じ失敗をしないためにも早めに生前贈与したり、相続対策を実施したりする必要があります。
生前対策や相続税申告の場面では、依頼する専門家が非常に重要になります。相続に特化し、さらには節税や不動産、株式などにも精通した専門家に依頼しないと相続税が非常に高額になるためです。
実際のところ、正しく相続対策を講じていないため多くの人が損をしています。
ただ、相続に大きな強みをもつ専門家を厳選したうえで相談すれば、通常よりも税金が1,000万円も違うのは普通です。また、当然ながら実務経験が多く知識のある専門家に依頼するほど、相続後の争いも少ないです。
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